自動車の空気との付き合い方
今回のコラムでは、走行する自動車とそのときに受ける風の関係を考えてみます。
1つ目の関係は、車好きの方はすぐ思いつくかもしれないが、走行風とダウンフォースの関係である。
ダウンフォースとは、車体に当たる走行風や付近を流れる風の速さ、向きを意図的に変化させることで発生させている車体を地面に押し付ける力のことである。
レーシングカーはダウンフォースにより車体を安定させたり、高い速度でのコーナリングを可能にしたりしている。
2つ目は、走行風と燃費の関係である。
皆さんはバイクのレースや競輪を見たことがあるだろうか。
普段よく目にするスクーターやママチャリと違い、うつ伏せになるようにして乗っているはずだ。
そのような体勢で乗る理由がここに隠されている。
うつ伏せになることでまっすぐ風が当たる面積を減らし、少ない力で高い速度を保とうとしているのである。
最後は走行風と騒音の関係である。
風の強い日に聞こえてくるビューンやブーンといった音、それらの音は風が何かの周りを吹くことで発生している音である。これと同様のことが車の周りでも起こっており、乗員の快適性を損なわないようにできるだけ発生しないような工夫がある。
この他にも自動車は走行風と様々な関係を持つが、今回はこの3つについて考えていきたい。
◇
◇
◇
まず始めにダウンフォースについてであるが、どのようにして力が発生しているかについて考えたい。
皆さんが風に吹かれた時、風に押されたように感じると思う。
このときの風速vと体にかかる圧力pとの間には、空気の密度ρを用いて次のように表される。
P+(ρv2)/2=一定
この式はベルヌーイの定理と呼ばれるものである。
例えば、風を受けている体にかかる圧力を求めるとすると、風が体に当たるときには風速は0になっているため
P=P0+(ρv02)/2
(但し、P0は大気圧、V0は体に垂直に吹く風の速さ)
で求められる。
また、P、ρ、vは全て正の数であるため、速度が小さいほど圧力は高く、速度が小さいほど圧力が高くなることがわかる。
ややこしい式の理解ができなくとも「速度が小さいほど圧力は高く、速度が大きいほど圧力が低くなる」ことを覚えておけば十分である。
次に、ダウンフォースは車体のどこで発生しているのであろうか。
自動車にはダウンフォースを発生させるためにつけられたパーツが存在し、これらを空力パーツと呼んでいる。
最も有名な空力パーツにリアウイング(図-1)がある。
図-1:ホンダ・S2000のリアウイング
このパーツは飛行機の羽を裏返したような形をしており(図-2の黒い線で描かれたもの)、ウイングの上の面よりも下の面に沿った空気の流れの方が速くなっている。
(図-2の青い線で描かれた空気の流れ)
この原因はウイングの形状にあり、下面の膨らんだ形と後端のとがった形が速度差を生み出している。
先ほどの速度と圧力の関係を思い出して欲しい。
その関係によると、ウイングの上の面よりも下の面の方の圧力が低くなっていることがわかる。
そうすると、ウイング自体が下に引きつけられ、ウイングをつけた車体にはダウンフォースが働くことになる(図-2の緑の矢印)。
このように空力パーツの上下で圧力の差を作りだし、ダウンフォースを発生させている。
図-2:ダウンフォース発生の仕組み
この時気をつけなければならないのが、流れをパーツに沿わせ、剥離させないことである。
剥離が起きてしまうと流れが乱れ、渦になり、ダウンフォースが発生しなくなる。
他にはどの部分でダウンフォースを発生させているのだろうか。
先ほどあげたリアウイングは車体後端についているため、リアにダウンフォースを与えているが、フロントにダウンフォースを与えている空力パーツもあり、前後のバランスをとりながら車体を安定させるように空力パーツが取り付けられている。
フロントにつく代表的な空力パーツには、フロントウイングやカナードというものがある。
一般的には、F1のようなフォーミュラカーにはフロントウイングを、普通の車の形をしたツーリングカーなどにはカナードをつけることが多い。
また、乗用車にカナードをつけると突起物となってしまい車検に通らないためフロントスポイラー(図-3)をつける場合が多い。
図-3:ホンダ・S2000のフロントスポイラー
フロントウイングはリアウイングを車体前方に持ってきたもので、両端には小さなウイングが複数枚ついていることが多い。
複数枚つく理由は剥離を防ぐためであり、ウイングの間から少しずつ空気を取り入れることで流れを急激に変えても剥離せずに流れを曲げることができる。
この方法は飛行機でも使われている。(図-4)
図-4:飛行機が着陸するときの羽
カナードは車体前方の両脇についており、車体前方から側面に流れる空気を使ってダウンフォースを発生させている。
カナードの場合、それ自体でダウンフォースを発生させることよりも、カナードが発生させた渦によりフロントのタイヤハウス内の空気を外に排出し、タイヤハウス内(タイヤのある車体のくぼんだ所のこと)を負圧にしてダウンフォースを発生させることを重視している。
そして、もう一つの主なダウンフォースを発生させる場所はフロア下である。フロア下でダウンフォースを発生させる方法は主に2つある。
1つ目はフロア下の空気の量を減らして圧力を下げる方法、2つ目はフロア下の空気の流れを速くして圧力を下げる方法である。
1つ目の考え方は一昔前まで主流で、フロアと地面との空間が後方に行くにつれて広がることで圧力が下がる仕組み(ウイングカー、図-5右)や、車両後方に換気扇を設けてフロア下の空気を引き抜くことで圧力の下がる仕組み(ファンカー、図-5左)がなされていた。(図5の水色部の圧力が低くなっている)
図-5:ファンカーのイメージ
図-5:ウイングカーのイメージ
これらの車の特徴は、
・ 外から空気を入れないように地面すれすれの高さまで伸ばされたフロントスポイラーやサイドスカートがあること。
・ 負圧になる面積を広げようとするが、リアに向けてフロアが上げなければいけないため車体が直方体に近くなっていること。
・ 車両後方に扇風機のような羽がついていること。
などである。
これらの車は、路面のうねりや縁石で車体が跳ねた時、フロア下の圧力が急激に大気圧まで戻り、ダウンフォースが失われるため、操縦不能に陥りやすい。
また、スピンして後ろ向きに進んだ場合、フロア下に空気を取り込んでしまうが、出口がないため、車体が舞い上がり大事故に繋がることが多い。
これらの特性からレギュレーション(ルール)で禁止されている。
そのため現在では、2つ目の考え方が主流になっている。
2つ目の考え方は車体前方から空気を取り込み、フロア下で加速させ車体後方から吸い出す方法である。
一般的に車体そのものが飛行機の羽の役割を果たしてしまい、車体下面より上面の方の圧力が低くなってしまっている。
この圧力の大小を入れ替えることができれば、フロア下の広い面積が負圧になるため、かなりのダウンフォースを得ることができる。
空気を高速で通すということは前方の広い面積から空気を集めなければならないということである。
そのため、F1のノーズの先端位置は以前より高くなり、ウイングがノーズ先端から吊るされるようになっている。
フロア下の時に少し触れたが、レギュレーション(ルール)により禁止されることが空力パーツには多い。
その理由の大多数はドライバーの安全のためである。
しかし、最近のF1は少し変わった理由で空力面への規制をしている。
それはバトルを起こすためという理由であるが、それと空力はどう関係しているのだろうか。
レースにおいて複数台の車が数珠繋ぎの状態になることは珍しくない。
むしろ、レースを見る人はそのような状況を期待し、楽しんでいるだろう。
しかし、ダウンフォースは乱れていない空気を使って発生し、車が通った直後の乱れた空気の中では発生しない。こうなると前の車にはダウンフォースがあるが、抜こうとしている車にはダウンフォースはないことになる。
ダウンフォースは車体を安定させたり、高い速度でのコーナリングを可能にしたりしているため、抜こうとしている車は圧倒的に不利になってしまう。
この状況がサーキットの各地で起こったらどうだろうか。
予選結果がレース結果と同じになり、レースでサーキットを走ることが無駄になってしまわないだろうか。
実際、かつてのF1に比べ最近はレース中のバトルが減ってしまっていた。
そこでリアウイングをダウンフォースが発生しない形に変形可能にしたり、モーターアシストを使ったりすることでバトルが起こりやすくしている。
◇
◇
◇
レースの世界でダウンフォースが大切なことはわかったと思うが、私たちが日頃乗っている車はどうだろうか。
普段の走行で高い速度でのコーナリングはあまり求められないが、安定性と特に燃費が求められている。
したがって、一般車には空気抵抗が小さくなる仕組みが重視されている。
最近のエコカーには似たような形をした車があることに気づいただろうか。 トヨタ・プリウス、ホンダ・インサイト、これらの車の形は乗る人のスペースを確保した上で最も空気抵抗の少ない形として知られているものである。
TOYOTA プリウス(ZVW50)
HONDA インサイト(ZE2)
車体後部は魚のようになだらかに細くなる形がベストなのだが、車に長細い空間は使いづらく、無駄な空間になるため省きたい。
そこで「コーダトロンカ」という形を取り入れている。
コーダトロンカとは、車体後部をなだらかに細くし、ある程度細くしたところで残りは切り落としてしまった形のことである。
ある程度細くすることで、切り落とした後の空気の流れが切り落とさなかった時の流れに近くなり、車内の空間と空気の流れを両立させることができる。
図-6:トヨタ・プリウスの後方
次に、一般車にはどのような空力パーツがついているのだろうか。
レーシングカーとは違い、ダウンフォースを生み出すためのリアウイングではなく、リアスポイラー(図-7)と呼ばれる空気抵抗が小さく、整流を重視した空力パーツがつけられる。
その他、フロア下から出てくる空気の整流を目的としてディフューザーがつけられている車(図-8)もある。
図-7:ホンダ・アコードのリアスポイラー
図-8:トヨタ・プリウスのリアディフューザー
レーシングカーと同様にアンダーカバー(図-9)もつけられており、レーシングカーにつけられていたボルテックスジェネレーター(図-10)と呼ばれる、渦をわざと作り出し、車の安定性をあげる小さな突起をつけた一般車もある。
図-9:ホンダ・S660のフロア下
図-10:トヨタ・アクアのボルテックスジェネレーター
ボルテックスジェネレーター(黄色丸印部分)
ウインカー横の突起部分で整流する
このようにレーシングカーと同じ空力パーツを一般車に取り付けることで、空力性能を向上させることもある。
また、空力パーツをつけるのは乗用車だけではない。
高速になればなるほど風を受けるので長距離トラックに空力パーツをつけると大きな効果を得られる。
トラックの荷室が運転席の屋根より高い場合には、導風板という運転席の屋根から荷室の屋根に向けてなだらかに屋根をつなぐ空力パーツがつけられていることが多い。
逆に宅急便のトラックのように街中を低速で走るトラックには無駄なおもりになるため取り付けられていない。
図-11:導風板のあるトラック
図-11:導風板の無いトラック
◇
◇
◇
最後に、騒音についてである。
今まではガソリン車が主流だったが、最近は電気自動車の時代になってきている。
エンジンがなくなることで大きな騒音要因がなくなり、今まであまり気にしていなかった風切り音が目立つようになってきた。
日産・リーフの場合、ドアミラーの風切り音を低減するためにヘッドライトの形状を工夫し、ドアミラーに当たる風を減らしている。(図-12)
他にも、ルーフについたアンテナを五角形にすることで風切り音を減らしている。(図-13)
図-12:リーフの工夫
(ヘッドライトの形状)
図-13:リーフの工夫
(棒アンテナが五画形)
燃料電池車やハイブリッドカーもエンジンなしで走ることがあるので、これからの時代は風切り音が小さくなる仕組みがたくさん出てくると思われる。
ヘッドライトからドアミラー部の拡大図
◇
◇
◇
以上のように、自動車には走行する上で受ける風をうまく利用したり、受け流したりするたくさんの工夫がなされている。
ここで紹介したものは数多くの工夫の中の一部であり、新しい車が出るたびに新しい工夫が増えていくだろう。
もしあなたが車を買ったならば、車の形や変な突起など車の細かい形をよく見てほしい。
その形はあなたが好きなレーシングカーと同じ形かもしれないし、お財布にやさしい形かもしれない。
そういった面から車を見てみると、新しい車の選び方や楽しみ方が始まるかもしれない。
(執筆:北海道大学体育会自動車部 渡部峻佑)
パーツやメタル資源として再利用し国内外に販売!
車解体の資格を持つ廃車.comの工場と直取引だから高く買取れる。
すでに払った31,600円の自動車税も返ってくる。
(4月に廃車/1,600cc普通自動車)