こんにちは!岐阜大学自動車部です。みなさんが自動車を走らせるとき、絶対に通るのが「直線」と「曲線」です。この「曲線」を通るとき、駆動系内部で仕事をしているのが、「差動歯車(デファレンシャルギア)」です。そのデファレンシャルギアについて、構造や作動方法から、モータースポーツで利用されている「LSD」まで、解説します。
まず差動歯車で調べると、差動装置の項目がヒットします。
差動装置(さどうそうち)は機械的機構の一種で、二つの部分の動きの差を検出、あるいは動力に差をつけ振り分ける装置。歯車を使った差動歯車やねじを使ったものなどがある。差動歯車デファレンシャルギア、あるいは略してデフギア、デフなどともいう。(中略)車がカーブを曲がるとき、内側と外側の車輪に速度差(回転数の差)が生じるが、それを吸収しつつ動力源から同じトルクを振り分けて伝えることができる。(Wikipediaより引用)
と、あります。
要するに、内側は遅く回す、外側は速く回す、ってことです。運動会なんかで経験ある人も多いと思いますが、「台風の目」ってやつですね。経験ない人には伝わりにくくてごめんなさい。(以下、デフと表記)
左右タイヤが同じ速さ距離だと差分が発生する
上記の図で、RタイヤとLタイヤが同じスピードで同じ距離を走ると、差分が発生します。Lタイヤの走る距離を短くするかスピードを遅くするかしないと、Rタイヤとの差分が縮まりません。要するに、内側は遅く回す、外側は速く回す、ってことです。(二回目:笑)歯車によって、RとLの動きに差を作り出すのがdifferential gear(differential:差動 gear:歯車)、デファレンシャルギア、通称“デフ”となります。
オープンデフ
デフはいったいどこについているのかですが、これは駆動方式により異なります。日本自動車工業会が行っている乗用車市場動向調査(http://www.jama.or.jp/lib/invest_analysis/pdf/2017PassengerCars.pdf)によると、最も多いのが「FF(前輪駆動)」となっています。(2009年時点。これ以降、統計方法を2輪駆動か4輪駆動かに大別するようになったため、最新のデータは不明。)
街中でよく見かけるNBOXやワゴンRといった軽自動車、フィットやノートといったコンパクトカーから、プリウスのようなセダン、アルファードやエルグランドといったミニバン、シビックやコペンのようなスポーツカーまで、FF車のボディタイプは多岐に渡ります。(一部の車種には4WDの設定があります。)
トヨタ ルーミー「FF(前輪駆動)」
そんなFFのデフは、ミッションのケース内部にあります。FFは前輪が駆動輪なので、当然前輪側にあるわけですね。この構造からエンジン・ミッション・デフと駆動部品を前側に集中させ、室内空間を広くとることのできるFFは人気を博しました。
一方シルビアや86などのスポーツカーや、クラウンやスカイラインといったセダンなどは「FR(後輪駆動)」です。FR車は後輪駆動なので、後輪側にデフを持ちます。しかし、エンジンは前側にあるので、フロア下(車外)をミッションから伸びた「プロペラシャフト」という部品が後輪にあるデフまで駆動力を伝えています。
日産 シルビア「FR(後輪駆動)」
四駆こと4WDですが…さらに複雑になります。というのも、4WDはパートタイム4WD、フルタイム4WD、オン・デマンド4WDなど様々です。
パートタイム4WDはエンジンの出力を「トランスファー」という部品で前輪と後輪に駆動力を振り分けます。後輪はプロペラシャフトを通ってリアデフに伝えるまではFRに近いですが、間にあるトランスファーが前輪にも駆動力を伝えます。このトランスファー内部にクラッチを内蔵し、必要な際のみクラッチを繋ぎ、フロントデフを通って前輪も駆動させます。
フルタイム4WDはパートタイムでクラッチが担っていた伝達率の調整を「センターデフ」というこれまたデフが行っています。すなわち、デフが3個あるわけです。ここまで複雑な構造で駆動を行っている4WDはオフロードに強く、最近流行りのSUVであるヴェゼルやCX-5、ラリー車の代表であるインプレッサやランサーエボリューション、雪・泥・砂利などの道を走る軍用輸送車のハンヴィーなども挙げられます。当然高性能車にも多く、日産GT-Rやランボルギーニアヴェンタドールといったスーパーカーにも採用されています。
日産GT-R「4WD(4輪駆動)」
ここまで各自動車メーカーの普通車の話をメインで進めてきましたが、レース車ではどうなのでしょうか?スポーツ走行を行うレース車では、「LSD(リミテッド・スリップ・デファレンシャル)」という部品が装着されています。LSDは日本では差動制限装置、と呼ばれており、文字通り差動を制限します。
と、言うのもレースではもの凄い速度でコーナーに進入するため、コーナー内側の車輪が浮く、インリフトが発生します。普通車に最も多く装着されているものはオープンデフと呼ばれるもので、抵抗の少ない方に多くの回転を伝えます。オープンデフ装着時にインリフトが発生すると、車輪が浮いているので抵抗は極めて少ない内側が高速回転し、外側はあまり回転しないという状態になります。当然接地していない車輪が回っているので、前に進まない、タイムも伸びない、ということです。
ここで生まれたのがLSD、というわけです。最も多く採用される、機械式LSDは内部にクラッチを持ち、トルクが一定になるとクラッチを繋ぎ、左右の回転数の差を制限し、必ず左右に伝達します。結果空転している内側も回りますが、接地している外側も回し、前に進む、というわけです。
こうやって聞くと、普通車にも採用した方がいいのではないか?という人もいるかもしれませんが、LSDにはデメリットもあります。
まずは、曲がりにくくなります。もともと、“内側は遅く回す、外側は速く回す”ことで、内外の動きの差をデフで解消ました。しかしLSDでは、“内側も、外側も同じ速度で回す”ので、内外の動きの差は吸収されません。当然、街乗りなどの通常走行では、差分が吸収さなければスムーズに曲がれない事になります。
そして、値段です。LSD自体がどうしても高額になり、製造原価が上がります。
さらに、タイヤの摩耗です。回転数の差を制限する、ということは内側のタイヤは必要以上に回り、当然タイヤの寿命を縮めます。さらに追い打ちをかけるように、デフオイルの頻繁な交換が必要になるので、維持費も上がります。トヨタのレーシング部門のTRDや日産のレーシング部門のnismo等からラインナップされているように、メーカー側としては、欲しい人だけつけてくれ、という感じですね。
nismo製LSD
ここまで来た読者の方は、きっとモータースポーツに興味があると思うので、LSDについてさらに踏み込んだ話をします。実は、機械式LSDにもタイプがあります。作動方式によって「○Way」という分け方をされています。大きく分けると「1Way」と「2Way」になります。この2つの違いはアクセルオフ時の作動の有無です。
1Wayはアクセルオン時のみ作動し、アクセルを戻すと差動制限が起こりません。これを用いると、アクセルオフで車の向きをスムーズに変えることができます。しかしながらFR車にこのデフを使う人は少なく、1Wayは主にFFに用いられます。ブレーキング(アクセルオフ)しながらコーナーに進入、このときはLSDが作動していないので操舵しやすく、立ち上がりではLSDが効き、しっかりと路面にトルクが伝達できます。
2Wayはアクセルのオン/オフに関わらず差動を制限します。このことから、確かにコーナー進入時には向きが変わりにくい=操舵での反応が鈍い=アンダー傾向にはなります。しかし、ブレーキング中も動作しているため、挙動の乱れが起きにくくなっています。高速でのコーナーアプローチではかなり重要ですね。
さらにコーナー進入後のアクセルのオン/オフでも常時作動のため姿勢制御がしやすく、コーナー立ち上がりにも強いと言えます。コーナー途中でアクセルを吹かす/戻す、の繰り返しが多い「ドリフト」でもこの2Wayが用いられることが多いです。余談ですが、今ドリ車を作っている筆者のS15にもこの2Wayが入っています。
「1.5Way」や「1.7Way」といった特殊な製品もあります。これはカム角、と言われるトルク伝達率によってどれだけ差動制限を行うか?の基準となる部品の角度によって大きく異なります。共通して言える点は、アクセルオフ時でも2Wayに比べてマイルドに効く、という点です。従ってどちらかと言えば2Way寄りですね。
メーカーによってこのカム角が異なり、独自の理論で決められています。さらに、カム角を変更することのできる製品もありますので、購入後に「もう少し強い方がいい」といった調整ができるので、迷ったら1.5Way、と評されることもあります。4WDのダートラ車などは、FFベースの車両が多いので、フロントに1.5Way、リアに2Wayをセットして、挙動の乱れを防ぎつつ曲がりやすさを得るセッティングもあります。
様々な作動方式を紹介しましたが、筆者も結局どれがいいの?と、聞かれることがあります。答えとしては、分かりません。理由は単純で、人それぞれの感覚や、走らせ方で選択が大きく異なるからです。ドリフトするけど1.5Wayや、ミニサーキットが多いけど2Way、といった意見も当然ありえる訳です。
LSDに関してよく耳にするのが、「イニシャルトルク」という言葉です。イニシャルトルクとは、LSDが作動していないとき、LSD内にあるクラッチプレートがどれだけの力で押さえつけられているか、を指し、何キロ、と表現します。イニシャルトルクが高いと、作動していないときにも強い力で押さえつけられているので、そのLSDの最大の圧着力までの時間が早く、逆にイニシャルトルクが低いと最大の圧着力までのタイムラグがある、ということになります。
イニシャルトルクの強弱におけるロックまでのタイムラグ
イニシャルトルクは何キロ、と決まっているもの、オーダー時に希望のイニシャルトルクで製造するもの、購入後にユーザーの好みで調整できるもの、などがあります。勘違いされがちなのはイニシャルトルクが弱いから、このデフはロックしにくい、ではありません。前の項で述べたカム角が、デフのロック率をつかさどるものであり、イニシャルトルクはこの最大ロック率までかかる時間を決めるものです。
機械式LSDは内部にクラッチを持つことから、金属同士がこすれあう為、定期的なオイルの交換が必要であることを先述しましたが、このオイルとの相性によってもLSDの特徴は変化します。
時々サーキットなどでも見られる、「バキバキ」と音を鳴らしながらピットを出ていく車がいますが、これはLSDの「チャタリング」という現象です。LSDを使用する以上、多少の振動はどうしても発生しますが、バキバキと大きな音を出すのは、車の改造を行わない人から見れば故障車であるような印象を受けるでしょう。
これは多くの場合、チャタリング対策、と謳っているオイルに交換することで収まります。理由はチャタリングの発生理由にあり、2つの平面な金属を組み合わせると、スティックスリップという、金属表面が密着と剥がれを繰り返す現象が起きるから、です。
LSDのクラッチ表面に被膜を作るようなオイルにすることで完全密着はしにくく、LSDにも優しく、されど効きは落とさず、といったことが可能になります。チャタリングは故障というわけではありませんが、同時にLSDがよく効いている、というわけでもありません。チャタリングが発生しにくいオイルで良いLSDコンディションを維持していきたいですね。
nismo製LSDオイル
いかがだったでしょうか。これを読んで、自分の車にもLSDをつけようと思った、というスポーツカーに乗っている方は、まずは専門店で話を聞く、同一車種、近似車種に乗っていてLSDが入っている車に試乗させてもらう、などリサーチを行ってから、実際に装着することをおすすめします。筆者はLSDを入れてすぐのころは違和感を覚えましたが、今は走行が楽しくなりました!サーキットを走っていて、もうちょっとタイム更新したい!という方はぜひ!走りが変わりますよ!
以上
執筆:国立岐阜大学自動車部