自分の車が水没するなんて、あまり想像できないですよね?
でも意外とあるのです。
筆者は自動車解体業を営んでいますが、年間一定数の水没車を解体します。
近年は地球温暖化の影響で気候が変化し、予期せぬ自然災害が度々起こります。
自然災害でも特に「ゲリラ豪雨」や「大型の台風」がくれば、水没する車があります。
この記事では「うわっ!車が水に浸かっちゃった」なんて時に、ではどうすれば良いかを解説します。
そのまま乗る?修理する?売る?保険は?リスクは?など、水没した状況によって選択肢は細かく別れます。
万が一の時の参考にしていただければ幸いです。
自宅のガレージで水没した場合を除いて、公道で水没してしまったらまずは移動させなければなりません。しかし自分で運転するのは大変危険です。
理由は複数ありますが、特に危険なのは電気です。自動車にはバッテリーが搭載されています。ハイブリッド車やEVになるとその電圧は100-650Vにもなります。もちろん水没した時に感電事故が起きないよう、対策されています。
しかし怖いのは水没した後なのです。
車内に水や土砂など異物が入る事により、電極がショートしやすい状態になることがあるのです。こうなると、水没してから数時間たって火災になる可能性があります。だから水没車を移動させるときは、自分で運転は厳禁です。必ずレッカー車に依頼し、専門家にまかせましょう。
レッカー車に移動を依頼したら行き先は当然ディーラーか整備工場ですよね。程度の差はあっても水没した以上、今後どんな不具合が出てくるか想像できません。
真水に浸かったのか、海水に浸かったのか、どの程度浸かったのかで被害は変わってきます。パッと見で判断せずに、きちんと専門家に調べてもらいましょう。
水没被害の状況がわかったらどうするかを決めなければなりません。
さしあたっては修理するのか?しないのか?を決断しなければなりません。
判断基準としては、ディーラー・整備工場で
「このまま乗っても大丈夫!」
と言われない限り、そのまま乗り続ける事はやめましょう。
そして修理が必要だと言われたら、具体的にどこをどう修理するのかを確認します。
ほとんどが部品の交換になりますので、被害の状況によって修理箇所・費用や修理期間は変わってきます。
車の内装は濡れてしまうとなかなか乾きません。特にシートなど分厚いものは、中まで染み込むとそう簡単に乾燥しません。季節によりますが、浸水後の車内はとんでもなく多湿状態です。雑菌が繁殖しやすくなっている事は容易に想像できます。
夏場は最悪で、車内は高温多湿。本当の話ですが、筆者が以前解体した水没車の床にキノコが育っていた事がありました。白くて食べられそうに無いキノコでした。
その車は増水した川近くに停めていて水没したのですが、水没後しばらく放置されていました。だから閉め切った車内で、時間をかけてじわじわと水分が乾燥していく中で、キノコ菌が育つ環境ができてしまったのです。
そのような環境になると当然カビも発生します。窓や内装など様々なところにカビが生え、不衛生になりますしカビ臭も発生します。
車内浸水により湿気たフロントガラス
特に海水に浸かった場合ですが、部品が急速に劣化します。海辺にある車や冬に雪が降り、道路に凍結防止剤をまく地域の車が錆びやすいのと同じで、海水に含まれる塩分が金属を急速に腐食させてしまいます。
錆びは鉄に水分と酸素だけでも起こりますが、この場合は水分がなくなれば、つまり乾いてしまえば腐食は進みません。しかしそこに塩分が加わると、塩分の保湿性により鉄が常に水分と酸素にさらされ、腐食が進みます。
従って真水の場合は早めに部品交換して対処できる場合が多く、海水の場合は部品交換しても塩分が残っているとやはり腐食してしまいます。
車内浸水
車の床は内装が貼られているので中々見ることはありませんが、実はたくさんの配線が通っています。またエンジンコンピューターやエアバッグコントローラなど基盤を含んだ制御装置が床に取り付けられている車も多くあります。特に海水の場合は普通の水より電気を伝えやすいため、電気系統のショートによる火災が発生する危険性が非常に高くなります。
また電子制御部品の端子もやはり金属で出来ており、腐食による劣化で後々思わぬ故障に繋がる恐れもあります。このような事態を避けるためにも、床面が水没してしまった車に乗り続けるなら、床面一式の部品を交換してしまわない限りリスクが付きまといます。
レンズ内まで浸水したヘッドライト
自動車はエンジンにガソリンと空気を吸って圧縮し、燃焼させて動きます。燃焼後の排気ガスはマフラーから排気されます。マフラーの出口は地面から大体30cmのあたりにあり、このマフラーが水没してしまうと排気ができなくなります。結果としてエンストしてエンジンが止まります。
また空気を吸うエアクリーナーに水が入ってしまうとエンジンに水が入り、突然エンジンが止まってしまう現象がおきます。こうなってしまうと再びエンジンをかけることはできません。これが水深30cm以上は危険と言われる所以です。
C26セレナRider
S15シルビア
車両保険に加入していれば一般的に補償の対象となります。全損にならない限り修理費用は補償されます。
全損扱いになるケースは、
・ エンジンまで水没し修理が不可能な場合
・ 修理費用が保険金額を超える場合
となります。
全損扱いになった場合はあらかじめ設定された保険金額が支払われます。また高潮で浸水した場合や、台風で土砂災害に巻き込まれた場合も同様に補償の対象となります。その他にも竜巻、落雷、雹(ひょう)、降雪などの自然災害も車両保険で補償されます。
残念ながら地震や火山の噴火が原因の津波は、一般的な車両保険の補償の対象外です。なぜなら津波は広い範囲で大きな被害になるため、保険会社も適切な保険料の設定ができないからです。
したがって地震の津波で車が流された!といった場合でも車両保険では補償されません。他にも日本ではあまりありませんが、戦争・暴動・核燃料物質などによって生じた損害も車両保険では補償されない災害です。
一般的な車両保険で補償されない地震や噴火よる津波の被害を補償する特約として、「地震・噴火・津波車輌全損時一時金特約」というものがあります。
これは通常の車両保険では補償できない自然災害で車が全損になった場合に、非常時に車がなくては困るので、足代わりになる動く車を確保するための特約です。だからどんな車でも補償内容の上限が50万円まで、保険料も最大5000円となっています。
車両保険の補償金額が50万円未満の場合は、車両保険の全損時補償金額が上限となり、保険料も下がります。
修理して乗り続けるかどうかは「その価値があるかどうか」によるところが大きいです。
「大好きな愛車だから修理して乗るんだ!」と愛着がある方は別として、判断に迷う場合は純粋に損か得かで考えましょう。
そこで最初に考えるのが年式です。自動車の価値は年々下がります。一般的には5年で半分、8〜10年で0に近くなります。年式が新しい場合は修理する価値があるかもしれません。
そして次に修理費です。修理費の目安として(車種により当然変わりますが)
・床下までの浸水で25万〜
・シートまで浸かったら50万〜
と言われています。エンジンやトランスミッションなどの修理になると、100万円を超える事も有ります。
全損になった車両
修理費用が車両保険の上限を超えると、超えた分は自腹になります。
そこも判断するポイントです。
そして次にその車を手放す時のデメリットを考えます。修理して乗っている間に、その車の価値は下がり続けます。水没車は「冠水歴有り」というレッテルが貼られ、中古車市場では「修復歴有り」よりも嫌われます。修理した水没車は、いつどのようなトラブルが起こるかわからないからです。そうすると中古車として売りたくても値段が付かなくなります。
修理費用が高額になったり、乗り続けるのが心配なら廃車にするのも一つの選択肢です。廃車にすると言っても捨てるわけではなく、使える部品はキレイに洗浄されてリサイクルされます。解体作業中は修理するときと同じように部品を取り外し、使えるかどうかきっちりとチェックします。
そして再利用が可能だと判断したものだけを中古部品として国内外問わず再販します。中古車として査定する場合は修理費用を考えますが、解体業者は部品の価値とスクラップの価値で査定します。だから査定の仕方が全く違うのです。
中古車として値段がつかなくても廃車として値段が付く可能性は十分あります。また中古車として値段がついても、廃車買取の査定の方が高い可能性もあります。廃車にする事は決して損では無いと認識することが重要です。
年式や被害の程度が軽ければ、買取業者に中古車として販売することも可能です。冠水歴有りとのレッテルを貼られてしまい、通常の査定金額からは大幅に減額されてしまいます。
しかし乗り続けるリスクや、価値が下がり続ける事を考えると、値段がつくなら売ってしまい、次の車の頭金にするという考え方もできます。思っているよりも値段が付かないかもしれませんが、修理してその後に臭いが気になることや、不具合を心配しながら乗り続けるのなら売ってしまった方が安心です。
水没車であっても輸出されることもあります。人件費の安い国なら、日本よりも安く修理ができます。冠水歴がついてしまっても需要がないわけではありません。当然全ての車に需要があるわけではありませんが、中古車として査定してもらう価値はあります。
ここまで様々なケースの処理方法を書いて来ました。しかし実際にどう処理するのがベストかはその時にしかわかりません。そこで処理方法を判断するポイントを簡単にまとめてみます。
図1被害状況と修理費用の相関図
上の図を見てください。
上下方向が水深だとして、中間がマフラーだと仮定します。赤くなるほど被害が大きく、修理費用とリスクが高くなり、売却金額が低くなります。
ポイントとして、淡水に浸水したのか?海水に浸水したのか?
程度はマフラー浸水又は車内浸水か?車外の浸水か?
海水にマフラーや車内浸水し、水位が上がるほど、修理費用が高くなります。車両保険に加入している場合は全損になる確率が高くなります。補償金額が満額支払われますから、ローンの残債に充てることや、次の車の頭金にする金額が多くなります。
さてここまで長々と解説してきましたが、水没車はそれぞれ状況によって判断することが重要です。プロでない限り、決して自分の判断だけに頼ってはいけません。「何が起きるかわからない」リスクがあります。
だから決める前に必ず
① 被害状況を専門家に見てもらう
② (車両保険に加入している場合は)保険会社に補償金額を確認する。
③ 売却した場合の金額を査定してもらう
この3つは最低限おさえておきましょう。
また、特に海水の場合は時間が経つほど状態が悪くなります。
できるだけ早く動くことが大切です。
愛車が浸水する事は人生でほとんど経験することがないでしょう。もし自分の車が水没してしまったらきっと途方にくれてしまうでしょう。
でも出来ることはわかりましたよね?だから落ち着いて損害が最小限で収まるように、しっかり現状を把握し、情報を集め、素早く解決しましょう。