こんにちは、岐阜大学自動車部です。突然ですが、皆さんはモータースポーツにおける「ピットクルーの役割」について、ご存知ですか?今回のコラムはモータースポーツについて、特にライダーに比べて認知度の低い、ピットクルーについてです。ただし筆者は、小さなプライベーターでの経験を元に執筆しているため、ワークスチームなどの大きなチームでは当てはまらないこともありますが、何卒ご容赦ください。
モータースポーツに精通されている方なら、ご存知ですよね。しかし、あまり詳しくない人に「ピットクルーでサーキットに行っている」と伝えると、「ピットクルー?サーキットに行くのだったら、乗り物に乗ってレースしている人だけなんじゃないの??」という反応をされることがあります。やはりライダーやチーム、レース車両と比べると、認知度が低いことを感じました。悲しいですね。
ピットクルーとは、モータースポーツにおいて、レース前の車両の整備や点検・レース中の給油やタイヤ交換・転倒等によるアクシデントの際のマシン復旧や修理の役割を担っています。これらはライダー1人では全てに手が回りません。ピットクルーは、レース活動をするにあたり、絶対に必要な役割なのです!!
その他にも、私の所属しているチームではピットやパドックの清掃・ガソリン等の買い出し・ライダーのサポートなどなど、雑用も多々行っています。ピットクルーの大変さについて、列記しようかとも考えましたが、長くなってしまうため、今回は割愛します。
図1 ピットクルー
ピットクルーになるためには、「ピットクルーライセンス」が必要です。日本国内で、2輪レースのピットクルーになるには、「一般財団法人日本モーターサイクルスポーツ協会(以降、MFJ)」が発行する、ピットクルーライセンスを取得する必要があります。とは言っても、取得の条件は年齢のみで、16歳以上であれば誰でも所有できるライセンスです。
ライセンス取得に必要な費用は、9,000円前後(スポーツ安全保険掛金により変動)で、講習もないため、比較的簡単に取れます。このピットクルーライセンスを取得することにより、ピットクルーとしてレース活動に参加することができます。
図2 MFJピットクルーライセンス(2019年度)
また、ライセンス発行の際、競技規則書やカッコいいMFJのステッカーがおうちに届きます!なんてお得なのでしょう。
図3 MFJ国内競技規則書
今回は、私達のチームが参戦している鈴鹿サンデーロードレース(以降、鈴鹿サンデー)での、ピットクルーの役割について説明します。
鈴鹿サンデーとは、三重県鈴鹿市にある鈴鹿サーキットで、年間6回開催されるレースです。「全日本ロードレース選手権、さらには世界を目指すライダーの登竜門」とされているレースで、250cc~1000ccのオートバイが、8クラス分けられて開催されています。これらのクラスの中で私たちは、「ST600R(Revival)」と呼ばれる、600ccのクラスに出場しています。
レースは決勝だけではなく、練習走行から始まり、車検・公式予選・決勝レースと、段階を踏んで進行しています。鈴鹿サンデー自体は週末土日の2日間で開催されていますが、大多数の参戦チームは、金曜日に開催される一般練習走行から参加されます(木曜日から始めるチームもあります)。
それに伴い、私たちピットクルーの作業も、金曜日から始まります。練習走行に向け、ピットクルーが行う準備は、大きく分けて3点あります。
①車両の点検
【走行中の車両部品の緩みや、脱落防止のため、各結合部の確認】
ボルトは合いマークを見て確認し、緩んでいる場合は、増し締めや締め直しを行います。この作業を怠ると、このマシンに乗るライダーだけではなく、他のライダーたちにも危険を及ぼすため、慎重に作業します。
図4 ボルトの合いマーク
【マシン(特にカウルやスクリーン、メータ周り)の拭き上げ】
サーキット走行で必要となる多くの情報は、視覚に頼っています。この視覚からの情報収集の妨げにならないように、汚れを取り除きます。また、この作業を行うと、マシンに愛着がわくのです。
②タイヤウォーマの脱着
レースで使用するハイグリップタイヤは温度依存が高く、温まっていない状態では全くグリップしない、とても危険なものです。このリスクを低減するために、事前にタイヤを温める「タイヤウォーマ」と呼ばれる機材を使用します。
図5 タイヤウォーマを使用しているレース車両
これは、外気温にもよりますが、走行のおおよそ1時間前から使用し始めます。冬場になると、さらにこの上から専用の「タイヤウォーマカバー」をかけ、熱が逃げないようにします。しかし、タイヤウォーマカバーは意外と高く、私たちのチームは毛布を代用しています。
図6 タイヤウォーマに毛布を掛けて使っている写真
③走行データの記録
ラップタイムや周回数、ガソリン消費量からマシン燃費の算出などを記録します。レース車両には、ラップタイマーと呼ばれる自動でラップタイムを計測する装置がついていますが、ラップタイマーの故障や測定地点の違いによる誤差等のリスクを低減させるため、ストップウォッチで計測しています。
図7 ラップ計測しているピットクルーの写真
これらは練習走行に限らず、マシンがコースインする前に必ず行う作業となっており、公式予選や、決勝レースなどでも実施しています。
また、レース出場にあたり、車検があります。鈴鹿サンデーでは土曜日に実施され、ここでもピットクルーには仕事があります。車検の大まかな内容は、マフラーの音量・部品にガタがないか・ゼッケンは規定された位置に貼っているか、などが検査されます。
また、一般的な車検とは異なり、ライダーの装備もチェックされます。ライダーの装備については、MFJ公認のヘルメット・レーシングスーツであるか、それらに破れや損傷がないか、プロテクターを所持しているか、などが検査されます。
図8 車検での音量測定
もう1つは、特別スポーツ走行の準備となります。特別スポーツ走行は、鈴鹿サンデーに出場するチームのみが走行できる特別な走行枠です。ここでも、前日の練習走行と変わらず、車両の点検・タイヤウォーマの脱着・走行データの記録を行います。
そして、土曜日すべての走行枠が終了すると、タイヤ交換やチェーン清掃など、マシン整備を行います。ST600Rではタイヤメーカーのサポートがあるため、タイヤとホイールをサービスに持ち込むだけで履き替えてもらいますが、サポートがない場合、各チームでタイヤを履き替える作業なども発生します。
そしてついに、決勝レースのある日曜日です。鈴鹿サンデーでは、日曜日に予選、そして決勝が行われます。決勝レースのグリッドは、予選のベストタイム順となります。
しかし鈴鹿サンデーでは、予選・決勝レースを通して、1セットのタイヤしか使用できない(降雨時を除く)と定められており、タイヤの消耗をなるべく抑える必要があります。15分間の予選の中で、タイヤを消耗させないために、スパッとタイムを出せる、ライダーのセンスが必要になります。
この予選では、今までの3つの作業に加え、サインボードを出す必要があります。練習走行でも出しているチームはありますが、私たちのチームでは手が回らないため、実施していません。サインボードとは、決勝レースや予選中に、自分が今何番手なのか?後続との差は?などの情報をライダーに伝える、看板のようなものです。
ライダーがどの情報を欲しがっているかによって、サインボードの表示形式は変わるため、チームによってサインボードは様々です。サインボードを見たライダーが予選のタイムに満足したら、予選は終了です。ピットクルーは、いいタイムが出るように祈ります。
図9 自家製サインボード
予選が終わると、いよいよ決勝レースです。決勝レースでのピットクルーの作業は、盛りだくさんです。
まずは、スタート前チェックです。これは前日の車検が簡略化されたもので、音量や重量の測定はありませんが、各部の緩みはないかなど、車検とほぼ同じ項目が確認されます。
スタート前チェックが終わると、ライダーとレース車両は、ピットロード前で待機します。この時にも、タイヤが冷めてしまわないように、停車と同時にスタンドをかけて、タイヤウォーマを巻きます。
図10 スタート直前
車両を移動させるたびにスタンドを上げ下げしたり、タイヤウォーマを脱着したりするため、決勝レース前はピットクルーも大変忙しくなります。
時間になると、ピットロードからライダーが出ていき、サイティングラップが始まります。この間にピットクルーは、自分たちのグリットでライダーの到着を待つメンバーと、最終グリッドまでライダーを迎えに行くメンバーに分かれます。
最終コーナーを抜けてからは、エンジンをストップさせ、押して移動させる必要があるため、ピットクルーがマシンをグリッドまで猛ダッシュで押します。鈴鹿サーキットのフルコースや東コースであれば、下り坂なので楽なのですが、西コースは登り坂となっており、マシンをグリッドに整列させるだけでもかなり大変です。
そしてグリッドにつくとタイヤウォーマをかけ、規定時間になれば、タイヤウォーマを外し、コースから退避します。
以上が、レース前のピットクルーのすべての作業です。あとは決勝レースで、トラブルが発生しないように祈りつつ、サインボードを出します。
図11 チェッカーフラッグ
やはりこの瞬間が、一番うれしいですね!!健闘をしてくれたライダーに、ねぎらいの言葉をかけます。
決勝レースで上位入賞した場合は、車両検査があります。その場合も、ピットクルーが作業します。作業内容は、重量の測定・全カウルの取り外し・燃料の摘出(鈴鹿サーキット指定ガソリンでなければ失格となるため)です。ただし、入賞順位によってはエアークリーナーの取り外しが無いなど、一部作業が異なります。
図12 検査中の車両
モータースポーツで注目されるのは、やはりライダーやマシンです。
しかし、プライベーターなどの小さなチームでも、ライダーだけでレースに出場する事は不可能です!しっかり走るマシンを整備し維持する・走行に向けての準備をする・タイムアップのためのデータを取るなどなど、ピットクルーの作業は盛りだくさんです。またロードレースは、視覚・触覚・聴覚・嗅覚が大きくかかわってくる、メンタルスポーツです。マシンへの不安をなくすことも、ライダーのメンタル面でサポートになります。
ピットクルーとしてレースのお手伝いをしていると、朝は早いし、雑用ばかりで大変です。しかし、ライダーが無事にチェッカーを受けて帰ってきたときはとても安心しますし、なおかつ結果を残してくれると、何にも代えがたい喜びになります。このような達成感を味わえるのも、ピットクルーの素晴らしいところだと思います。これからのレース観戦では、ピットクルーの活躍にも、是非注目してみてください。
図13 ピットクルー集合
執筆:岐阜大学自動車部
引用文献
鈴鹿サーキット鈴鹿サンデーロードレース
https://www.suzukacircuit.jp/sundayr/
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