疾走する2017年度車両
こんにちは、岐阜大学自動車部です。
今回は私が、自動車部と掛け持ちしている学生フォーミュラサークルでの活動について、紹介させていただきます。
私は、2017年度に学生フォーミュラチームの、パワートレイン班の一員としてエンジンの整備や、改造に取り組んできました。2017年度は特に、原因不明のエンジン関連のトラブルに悩まされた年でした。トラブルシューティングの為に、パワートレインのメンバーと協力して、何度もエンジンをばらしては組み立てを繰り返していました。
今回は、その2017年度の活動で、自分が見てきたエンジントラブルと、解決に向けての奮闘の記録について紹介させていただきます。
最初のエンジンの不具合は、2016年度の大会が終わって、エンジンのオーバーホールを行ってから最初の始動チェックを行うときに起こりました。
いつもどおり、エンジン台の上にエンジンや吸排気系、燃料系、冷却系、電装を組み付けて、始動ボタンを押しました。セルの音がして、初爆が来て、無事オーバーホールはうまくいったと安堵しました。
しかし、セルを止めてしまうとそのままエンジンも止まり、アイドリングすらしてくれません。その後何度か始動を試みますが、アイドルに入ったと思っても
「ゴボッゴボボ...」
と今にも止まってしまいそうな音で、数秒後には止まってしまいます。
これは、何かおかしいと思い、考えられる原因を一つ一つ確認していきました。
まずは、電装系の確認を行いました。電装班は、ワイヤーハーネスを自作しているだけではなく、ECUも純正から換装してMotec、というセッティングの自由度が高いECUを使っています。不具合が目で確認しづらく、やっていることも複雑な為、繊細な作業が求められるパートです。
エンジンの音の感じから、燃料の噴射や点火自体は行われているようだったので、点火や燃料噴射の順序が、狂っていないか確認をしました。4気筒エンジンなので、1番気筒を点火しているつもりが、配線不良やMotecの設定で、2番を点火していた、なんて事もありえないことではありません。
どうやって確認したかというと、インジェクターの場合は音で確認します。確認したいインジェクター以外のカプラーを抜き、カプラーが付いているインジェクターにテスト信号を送ります。
「ビビビビ…」
という音がしたら、正常に作動しているという事です。
点火プラグの場合は、確認したいプラグのカプラーを抜き、テスト用のプラグを付けてテスト信号を送ります。火花が出ていたら正常ということがわかります。
この方法で確認をしたのですが、全て正常でした。そこで電装系の疑いが晴れ、今度はメカ系のトラブルを疑いました。
ヘッドカバーを開けて、カムとクランクの位置関係を確認ました。燃料を吹き続け、プラグが被ってしまっていないかを確認してみました。ですが、どれも正常でした。
エンジンの異常が発覚してから3日間経ちました。
毎日深夜まで、トライアンドエラーを繰り返しても、これといった手がかりが得られず、他のメンバーたちもさすがにお手上げ状態でした。すると先輩が、おもむろにMotecの設定を適当にいじり始めました。大会が終わってからは、Motecの設定は誰もいじっていませんでした。なのでMotecの設定が原因ではないと考えていました。その時はヤケクソにでもなったのかと思いました。
しかし設定を変更してエンジンをかけてみると、何事もなかったかのようにエンジンはアイドリングを始めました。先輩はどこの設定をいじったのかというとクランクインデックスポジション(以下CIP)の値を適当にいじってみたそうです。
CIPとは何なのかくわしく見ていきましょう。
ダイレクトイグニッションのエンジンで、ECUが燃料噴射や点火のタイミングを計算するには、ECUがクランクとカムシャフトの位置を知る必要があります。そのために、クランクにRefセンサー、カムにSyncセンサーというセンサーがついています。
Refセンサーのパルサー
Refセンサーは、クランク軸に付いた8本の突起(黄色)と、一箇所のくぼみ(緑)を磁気で検知します。クランクは、1行程に2回転するので、Ref信号は1サイクルに16回発です。
Syncセンサーのパルサー
一方、Syncセンサーは、排気側のカムに付いた一本の突起を同じく磁気で検知します。
カムは、1行程に1回転するので、Sync信号も1行程に1回です。この2つのセンサーから、出る信号を表すとこのようになります。(黄色:Ref、青色:Sync)
正常時のRef Sync波形
この図を簡略化して説明するとこんな感じです
Ref Syne波形簡略図
先ほどお話した、クランクのくぼみ部分では、他と異なる波形の信号が出ます。上の図で、Refの信号が弱くなっているところを、そのくぼみ部分で出る信号とします。CIPとは、このくぼみ部分の、次のRef信号から圧縮上死点までが、何度あるかを調整するための値なのです。
しかし、クランクは1行程に2回転するので、くぼみの信号も2回やってきます。1回目のくぼみと、2回目のくぼみを見分けられるように、1行程に1回のSyncの信号を目印にしているということです。
少しディープな話題に、脱線してしまいました。話を本筋に戻すと、大会後から変わっていないはずのCIPの設定を、いじってエンジンがかかったということは、クランクの組付けを間違えたということです。深夜作業でカムとクランクの位置関係の確認をしていたはずなのですが…
組み付けるときのカムの位置
組み付けるときのクランクの位置
黄色:パルサー側の印(薄くてすいません)
緑色:カバー側の印
カムの位置は、ヘッドを空ければ全部むき出しになるので分かりやすいのですが、クランクの位置は小窓からしか確認できません。合わせる目印がカバーの裏にあります。
自分は、穴に対して斜めから目印を確認したので、クランクの位置を間違えてしまったのです。わずかなタイミングのズレが、命取りになってしまうことを痛感しました。最初のエンジントラブルは、これにて一件落着し、2017年度の車両作りに取り掛かりました。
次のエンジントラブルが起きたのは、車両がほぼ出来上がり、新しい電装系のチェックのためにエンジンを始動したときでした。
前回のトラブルがあってから、カムのリフト量の測定の為にヘッド周りをばらし、又も組み付けミスをしたようで、今回も同じような症状が現れました。また、ヘッドをばらして注意深く組み直し、再チャレンジの為にセルを回しました。するとセルは
「こー…きょっきょっきょっ…」
と勢いが先ほどより弱くエンジンはかかりませんでした。
長年愛用してきたバッテリーが、ついに弱ってしまったのだろうと、バッテリーを交換してみましたが、それでもセルの勢いが弱いままでした。初爆が来て、アイドリングに入っても、弱々しく回るだけですぐ止まってしまいます。
通常なら、バッテリーの電圧が低くなってセルの勢いが弱くなっても、アイドリングに入って止まってしまうということはありません。音の感じから、タイミングは合っていそうだったので、点火の火花が弱いか出ていないのではないかという仮定をしました。
再びパワートレイン班は、闇の時代に突入し、セルの勢いが弱いという問題と、点火が出来ていない、という2つの問題に対して先の見えないトラブルシューティングに没頭することとなりました。
前回と同じように、プラグにテスト信号を送ってみたところ正常でした。プラグ本体や、プラグの配線に不具合は無いようです。となると、点火信号そのものが送れていないのかも知れません。
そこでRefとSyncの信号をチェックしてみたところ、Refの信号が弱くノイズと判断され、ノイズキャンセラーに消されてしまっていることが分かりました。その時考えられる原因には、8本の突起と磁気センサーの距離が開いてしまい、磁気を検知できなくなってしまったことが挙げられました。
しかし、センサーはカバーに固定されていて動きようも無く、突起も磨り減ったりするわけではないので、大きさが変わるなんてことはありえません。とりあえず、ノイズキャンセリングのしきい値を下げ、トライしてみたところ前回より良くなったような気がします。(またもや深夜作業で感覚が鈍っていただけかも知れませんが…)しきい値を下げ過ぎると、全くかからなくなってしまうので、ちょうどいい値を探すために弱いセルに鞭打って、値を変えてはセルを回し繰り返しました。
途中で、一人の部員がセルの異常な熱さに気づきました。もしかして、エンジンが始動した後もワンウェイ機構が働かず、セルモーターとエンジンが繋がり無理やりセルモーターを回しているのかもと考えました。スターターギアを確認してみたのですが、ワンウェイ機構は健在でした。セルの、焼きつきも疑ってセルの分解もしましたが、これも健在のようです。
バラバラになったセルモーター
これまでのセルの症状をまとめると、新しいバッテリーを使っても勢いが弱く、バッテリー電圧もすぐに低下してしまい、セルの温度も異常に上がってしまう事が分かりました。
セルを回す時、機械的抵抗が大きく、抵抗が大きすぎてアイドリングが止まってしまうのではないかという指摘がありました。エンジン、に異常な機械的抵抗が発生するとしたら焼きついた時ぐらいです。
何もしてないのに焼きつくなんてありえるのだろうか、と疑問に思いながらプラグを抜いて圧縮がかからない状態でクランクを回してみたところ、びくともしません。なんでこれだけで焼きつくのだろう…。
どこがダメになったのか、究明するためにヘッドから順に分解していきました。カムを取り、カムチェーンを取り、クランクを回したところするりと回りました。カムには焼き付いた跡がなかったで、チェーンがどこかに引っかかったのではないかとチェーンガイドを見てみたところ、えぐれたような傷がありました。
削れたチェーンガイド
チェーンガイド位置
どのように引っかかっていたかまでの究明は、出来ませんでしたが、エンジンを組み直してセルを回すと
「コキュキュキュ…」
と小気味よい音で、回り始め安定したアイドリングを刻みました。
焼き色が入り始めたエキマニ
セルの問題が解決したことで、シェイクダウンをすることが出来ました。目標にしていた、エコパ走行会にも参加することが出来ました。
エコパ走行会とは、大会と同じコースレイアウトで走れる貴重な機会で、全国から学生フォーミュラチームが集まります。大会のコースは、幅が狭く、安全に走行する為に1、2台づつしか走れないので順番待ちがあります。
しかし、その走行会で新たに問題が発見されました。エンジンはかかるようになったのですが、始動性が悪く20回に1回ぐらいの確率でしかかからなかったのです。思いどおりにエンジンがかけられないので、走行順が回ってきてもエンジンを始動できず、貴重な走行機会を逃してしまうという、もったいないことをしてしまいました。
今考えれば、これはRefの信号が弱っていたことと結びついていたのではないかと思います。セルの問題に振り回されているうちに、この問題は忘れ去られてしまっていたのかもしれません。
ここからのトラブルシューティングは、テスト期間に入ってしまい、自分は30単位ほどのハンディを巻き返す為に、電装班に任せなければなりませんでした。それでも様子が気になったので、勉強の合間に様子を見に行ったところ、車両のエンジンの音が聞こえてきました。
Refセンサーのカプラーに付ける配線を、逆にしたら一発で始動できるようになったそうです。通常はアース線が黒ですが、このRefセンサーの配線ではそれが逆転していたのです。
まさか、そんなところに間違いが潜んでいるとは思いませんでした。テスト期間にも関わらず、オシロスコープまで借りてきて、トラブルシューティングに当たってくれた電装班の男気には尊敬の意を抱きました。
Refセンサーの配線
これで全てのエンジントラブルの壁を乗り越え、大会までエンジンに大きなトラブルを抱えることなく走りきることが出来ました。順位については、心残りなことがありますが、これまで学生フォーミュラのパワートレインと向き合ってきて得られたものは大きいと思います。
使用した車両
特に、2017年度はエンジンに悩まされっぱなしの一年間でしたが、ひたすら真摯にエンジンと向き合うことで、普通の車好きとして大学生活を送るよりも、はるかに多くのエンジンについての知見を得ることが出来たと思います。
執筆:岐阜大学自動車部